広告データから読み解く、教育業界の「今」と「これから」
530件の教育業界Instagram広告を分析してわかったことがある。全体の93%が「高関与×思考型」——つまり慎重に比較検討して選ぶ商品であるにもかかわらず、業態ごとに広告の設計がまるで違う。AI関連の広告はすでに全体の9%を占め、英会話サービスの価値をAIが根本から変えている事例も出てきた。
本レポートでは、これらの広告データを独自の6ステップ・フレームワークで構造分解する。広告の見た目ではなく、その裏にある設計判断を読み解くことで、教育業界で今何が起きているのか、そして自社の事業にどう活かせるのかを考える材料を提供する。
前半では広告データから見えた3つのトレンドを、後半ではそれらすべてを説明できるフレームワークと事例の読み解きを紹介する。
本レポートのデータ概要
分析対象: 530件の教育業界Instagram広告(2025年1〜12月収集)
分析項目: 45カラム(業界分類・関与度・訴求分類・行動タイプ・デザイン要素 等)
収集方法: アナリストが目視で厳選・収集
- 広告データから読み解く、教育業界の「今」と「これから」
- 530件のデータが映す、教育広告の今
- AI教育が動き出した — 広告データに見る変化の兆し
- ① AIスキルを直接学ぶ市場の拡大
- ② 既存サービス×AI — サービスの価値が変わる
- ③ 新市場の兆し — 子ども向けAI教育
- この動きから何を考えるか
- SHElikesはなぜ7つの訴求を使い分けるのか
- SHElikesの訴求タイプ別内訳
- SHElikesのクリエイティブ例
- この戦略が意味すること
- 業態が変われば広告設計もまるで違う
- なぜ同じ業界でここまで違うのか
- 3つの違いを生む、1つの構造
- 事例1:Speak — 「AIなら緊張しない」という新しい価値
- 事例2:SHElikes — 前提は同じ、伝え方を7通りに展開
- 事例3:プログラミングスクール — あえてハードルを上げて「本気の人」だけを集める
- 広告データは「市場変化のセンサー」である
- さらに深く学びたい方へ
530件のデータが映す、教育広告の今
530件の内訳を業態別に見ると、教育業界の広告がいかに多様かがわかる。
業態 | 件数 | 構成比 |
|---|---|---|
AI関連スクール・セミナー | 47件 | 8.9% |
学習塾・受験 | 45件 | 8.5% |
語学学習・英会話 | 34件 | 6.4% |
プログラミングスクール | 34件 | 6.4% |
資格取得 | 30件 | 5.7% |
キャリアスクール・Webスキル | 24件 | 4.5% |
幼児教育 | 22件 | 4.2% |
Webデザインスクール | 19件 | 3.6% |
その他 | 275件 | 51.9% |
件数順に並べると、AI関連が最上位に来る。学習塾や英会話といった従来の主要業態と肩を並べている事実は、この市場で何が起きているかを端的に示している。
本レポートでは、この530件のデータから浮かび上がった3つのトレンドを取り上げる。
AI教育が動き出した — 広告データに見る変化の兆し
AIの本格普及は、働き方や雇用構造を変えつつある。「AIに代替されるかもしれない」という漠然とした不安は、「AIを使いこなせない人が取り残される」という具体的な危機感に変わった。この変化は、教育市場にも新たな需要を生み出している。530件中47件(9%)がAI関連の広告——学習塾や幼児教育まで含む教育業界全体の中で、ほぼ10件に1件がAIに関わる広告だ。
では、企業はAIをどう事業に取り込んでいるのか。広告データからは、3つの動きが見える。
① AIスキルを直接学ぶ市場の拡大
GUGA(生成AI活用普及協会)、SHIFT AI、DMM 生成AI CAMPなど、AIスキルそのものを教えるサービスが次々と広告を展開している。訴求も「資格取得」「副業・キャリアアップ」「時代に乗り遅れる不安」と多岐にわたる。
② 既存サービス×AI — サービスの価値が変わる
最も注目したいのが、既存の教育サービスにAIを組み込むことでサービスの強みそのものを作り変えたケースだ。
Speak — 「AI英会話」180円トライアル

Speakは「AI英会話」というポジショニングで、「人前で緊張しない」「AI相手だから何度でもやり直せる」という新しい価値を生み出した。従来の英会話の「ネイティブと話せる」という価値とは根本的に異なる。
DiaTalk — 「インド英語をAIで学ぶ」という新しい切り口

DiaTalkは「インド英語をAIで学べる」という、従来の英会話スクールでは提供しきれなかったニッチな学習体験をAI技術で実現している。
③ 新市場の兆し — 子ども向けAI教育
PLAIZ room — 子ども向けAI教育の始まり

PLAIZ roomは「小学生向けAIスクール」という、まだ市場が形成されていない領域で広告を展開している。規模は小さくても、こうした動きが出てきたこと自体が注目に値する。
この動きから何を考えるか
3つの事例は、AIの取り込み方がそれぞれ異なる。GUGAやSHIFT AIは「AIスキルそのものを教える」という新しい市場を作った。Speakは既存の英会話サービスにAIを組み込み、「緊張しない」という従来にない価値を生み出した。PLAIZ roomは、まだ市場が形成されていない子ども向けAI教育に踏み出している。
共通するのは、AIという変化を自社の事業にどう取り込むかを考え、サービスの形にして動き出している点だ。この問いはAIに限らない。社会やテクノロジーの変化を、自社のサービスにどう取り込めるか——広告データは、各企業がその問いにどう答えているかを映し出している。
SHElikesはなぜ7つの訴求を使い分けるのか
530件の中で最も多くの広告を出稿しているのがSHElikes(62件)だ。しかし注目すべきは量ではない。7つの異なる訴求タイプを使い分けている——同じサービスなのに、伝え方の切り口を7通り持っている。なぜそこまでやるのか。広告データの中身を見ていこう。
SHElikesの訴求タイプ別内訳
訴求タイプ | 件数 | 構成比 | 訴求の切り口(例) |
|---|---|---|---|
ポジティブ訴求 | 21件 | 34% | 「在宅ワークが叶う」「仕事を変えよう」 |
体験訴求 | 16件 | 26% | 「プチ体験できる」 |
共感訴求 | 8件 | 13% | 「今の働き方にモヤモヤしているあなたへ」 |
インセンティブ訴求 | 6件 | 10% | 「無料体験でAmazonギフトカード」 |
好奇心訴求 | 4件 | 6% | 「数年後はAIに!?」 |
コト訴求 | 4件 | 6% | 「毎日たった15分でいつの間にかWebデザイナーに」 |
機能訴求 | 3件 | 5% | 「新コースがリリースしました」 |
SHElikesのクリエイティブ例
この戦略が意味すること
SHElikesの7つの訴求は、「デザインを何パターンか作ってみた」という話ではない。同じサービスの価値を、「ポジティブ」「体験」「共感」「インセンティブ」「好奇心」「コト」「機能」と切り口を変えて届けることで、異なる関心や動機を持つ人にリーチしている。Meta広告のAIがクリエイティブの内容からターゲティングを最適化する現在、この設計には合理性がある。
自社のサービスには、いくつの「伝え方」があるだろうか。製品やサービスの価値が一つでも、届け方は一つではない。SHElikesの事例は、訴求の多角化が広告運用の選択肢をどう広げるかを示している。
業態が変われば広告設計もまるで違う
教育業界の広告530件を業態別に見ると、「広告を見た人に次に何をしてほしいか」——この行動設計が業態ごとにまるで異なる。同じ高関与×思考型の商品なのに、なぜこれほど差が出るのか。データを見ていこう。
業態 | 主な行動タイプ | 想定される導線 |
|---|---|---|
学習塾・受験 | 体験申込(無料) | 体験授業→入塾→継続 |
英会話 | 購入(トライアル) | お試し→有料プラン |
プログラミング | 申込み(契約) | 直接契約を狙う高ハードル設計 |
キャリアスクール | 体験申込(無料) | 無料体験→入会→継続 |
AIスクール | セミナー申込(無料) | 無料セミナー→本講座申込 |
幼児教育 | 資料請求 | 資料→説明会→入会 |
資格取得 | 申込み(契約) | 講座申込を直接狙う |
プログラミングスクールは「申込み(契約)」を直接狙う高ハードル設計が目立つ。そしてこの業態ではネガティブ訴求が約21%を占める(全体平均は約4%)。「このままでは将来が危ない」という危機感の喚起と、高ハードルの行動設計の組み合わせ——本気度の高い層だけを選別する設計だ。
なぜ同じ業界でここまで違うのか
この差は、デザインの好みではなく、事業構造の違いから生まれている。学習塾は「まず体験してもらう→継続率で勝負する」モデルだから無料体験に誘導する。プログラミングスクールは数十万円の単価ゆえに「本気の人だけを集める」モデルで、あえてハードルを上げる。行動設計の違いは、事業モデルの違いの表れだ。
自社の広告が「とりあえず問い合わせを増やす」設計になっていないか。事業の成長にとって最適な行動設計は何か——この問いは、後半で紹介するフレームワークの核心につながっていく。
3つの違いを生む、1つの構造
なぜAI教育が広がっているのか。なぜSHElikesは7つの訴求を使い分けるのか。なぜ業態ごとに行動設計がまるで違うのか。前半で見てきたこれらの問いは、実は一つの構造で説明できる。
パノプトはこの構造を「6ステップ・フレームワーク」として整理している。広告の見た目(Step 6)に至るまでに、5つの設計判断がある。
6ステップ | 問い |
|---|---|
1. 製品特性 | その製品は消費者にとってどういう存在か |
2. 広告目的 | 何のために広告を打つのか |
3. 期待する行動 | 広告を見た人に何をしてほしいか |
4. 製品価値 | 自社製品の強み・ベネフィットは何か |
5. 広告訴求 | 製品価値をどんな切り口で伝えるか |
6. 広告表現 | 訴求をビジュアルでどう表現するか |
ここからは、前半で取り上げた3つの事例を、この6ステップで読み解いていく。広告の裏にある設計判断を分解することで、各企業が市場の変化をどう捉え、事業としてどう動いているのかが、より立体的に見えてくる。
事例1:Speak — 「AIなら緊張しない」という新しい価値

6ステップ | 問い | Speakの場合 |
|---|---|---|
1. 製品特性 | その製品は消費者にとってどういう存在か | 高関与×思考型。英会話は「学習」という性質上、慎重に選ぶ商品 |
2. 広告目的 | 何のために広告を打つのか | トライアル購入からの年間プラン移行。「質」を意識した獲得設計 |
3. 期待する行動 | 広告を見た人に何をしてほしいか | 購入(トライアル)。180円の低ハードルでまず体験させ、キャンセルしなければ自動的に年間プランへ移行する設計 |
4. 製品価値 ★ | 自社製品の強み・ベネフィットは何か | 「AI相手だから緊張しない」「何度でもやり直せる」。従来の英会話にはなかった新しい価値を生み出した |
5. 広告訴求 | 製品価値をどんな切り口で伝えるか | インセンティブ訴求(「1ヶ月限定180円」という期間限定オファー)で行動のハードルを下げつつ、「まずは試してみよう」と体験への一歩を促す |
6. 広告表現 | 訴求をビジュアルでどう表現するか | Promo/Saleスタイル。価格を大きく表示し、「お試し」のハードルを下げるデザイン |
事例2:SHElikes — 前提は同じ、伝え方を7通りに展開

6ステップ | 問い | SHElikesの場合 |
|---|---|---|
1. 製品特性 | その製品は消費者にとってどういう存在か | 高関与×思考型。Webスキルスクールはキャリアに直結するため慎重に選ぶ |
2. 広告目的 | 何のために広告を打つのか | 無料体験→入会→継続。まず体験の「量」を確保する設計 |
3. 期待する行動 | 広告を見た人に何をしてほしいか | 体験申込(無料)。試しやすい低ハードルの行動 |
4. 製品価値 | 自社製品の強み・ベネフィットは何か | 「Webスキルを身につけて、在宅ワークやキャリアチェンジを実現できる」。27職種が学び放題という機能面よりも、その先にあるキャリア変革という成果が価値の中心 |
5. 広告訴求 ★ | 製品価値をどんな切り口で伝えるか | 7つの訴求タイプで展開。同じ製品価値を、「ポジティブ」「体験」「共感」「インセンティブ」「好奇心」「コト」「機能」と異なる切り口で伝える。最多はポジティブ訴求(34%)で、明るい未来の提示が軸になっている |
6. 広告表現 | 訴求をビジュアルでどう表現するか | Casualスタイル主体。パステルカラー、丸ゴシック体、親しみやすいデザインが多いが、好奇心訴求ではCorporateスタイル(青基調)も使い分ける |
事例3:プログラミングスクール — あえてハードルを上げて「本気の人」だけを集める
6ステップ | 問い | プログラミングスクールの場合 |
|---|---|---|
1. 製品特性 | その製品は消費者にとってどういう存在か | 高関与×思考型。数十万円の投資であり、キャリアを左右する選択 |
2. 広告目的 | 何のために広告を打つのか | 問い合わせや契約を直接狙う。数だけ取る運用ではなく、「質」を重視した獲得設計 |
3. 期待する行動 ★ | 広告を見た人に何をしてほしいか | 問い合わせ(レアテック)や申込み(Aidemy)。無料体験を挟まず、高ハードルの行動を求めることで、本気度の高い層を選別する設計が共通している |
4. 製品価値 | 自社製品の強み・ベネフィットは何か | 「本物のエンジニアスキル」「市場価値の高い人材へ」(レアテック)、「AI時代に"活かす側"になれる」(Aidemy)。即戦力を約束する価値に加え、AI時代のキャリア危機への解決策を提示している |
5. 広告訴求 | 製品価値をどんな切り口で伝えるか | ネガティブ訴求(21%)が突出。「このままでは危ない」「奪われた側になるか」という危機感が、高ハードル行動の背中を押す |
6. 広告表現 | 訴求をビジュアルでどう表現するか | Corporate/Professionalスタイルが多く、「真剣度」を演出 |
広告データは「市場変化のセンサー」である
530件の広告データを通じて、教育業界で今起きていることが見えてきた。
AIの普及は教育サービスの価値そのものを変えつつある。Speakは「AIなら緊張しない」という、従来の英会話にはなかった体験を作り出した。SHElikesは同じサービスの価値を7つの切り口で届けている。プログラミングスクールは、事業モデルに合わせて行動設計を使い分けている。
共通するのは、社会やテクノロジーの変化を自社の事業にどう取り込むかを考え、サービスの改善や新たな展開に結びつけている点だ。広告クリエイティブは、その過程で「新しい価値がユーザーに届いているか」を確かめる手段の一つである。デザインの前に、何を誰にどう届けるかの設計がある。本レポートで紹介した6ステップ・フレームワークは、その設計を構造的に捉えるための道具だ。
広告データは「市場の変化のセンサー」でもある。530件のデータに表れた変化の兆しが、自社の事業を見つめ直すきっかけになれば幸いだ。
さらに深く学びたい方へ
本記事の最後で、広告データは「市場変化のセンサー」であると書いた。530件から取り上げたAI教育の広がり、SHElikesの訴求多角化、業態別の行動設計——これらは、教育業界に起きている変化のごく一部にすぎない。
完全版資料『教育業界の 広告データが映す、8つの業界変化の兆し』では、SNS広告データと外部の市場リサーチを掛け合わせ、事業戦略に活かせる8つの市場トレンドとして整理している。本記事で取り上げたSpeakやSHElikesに加え、以下のような市場の動きを解説している。
AI教育元年 — Speakが「人前で緊張しない」という新しい価値で英会話の前提を書き換えた、サービス価値の再定義
Meta広告のAIターゲティング — 訴求の多角化が、そのままターゲティング戦略として機能する時代
女性のキャリア転身市場 — 「学ぶ→転職」から「学ぶ→副業→自立」へ、出口設計の変化(Famm、HerTech、Find me!)
不登校34万人と新市場 — 発達支援を切り口にした新規参入の動き(アストロノート、LITALICO、コペルプラス)
少子化×学習塾倒産53件 — TOMASに見る、あえて間口を狭める高付加価値ポジション
AI個別最適化 — すらら、atama+が示す「先生の役割」の再設計とB2B2Cモデル
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